郷 亜里砂の出身中学・高校はどこ?学歴・経歴を徹底調査

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北京五輪2022で日本選手団の旗手を務めた郷亜里沙さん!

2018年開催の平昌大会で五輪初出場を果たした郷亜里砂選手は、遅咲きのスピードスケーターであることをご存知でしょうか。

今回はこんな郷亜里砂さんの学歴(中学高校大学時代など)を調査しました!

どうぞ最後までご覧下さい。

郷 亜里沙の出身中学

郷亜里砂選手は、北海道南西部に位置する別海町立上西春別中学校出身です。

地元では有名で、愛されていますね。

郷 亜里沙の出身高校

 郷亜里砂選手は親元を離れ、北海道河西郡芽室町にある白樺(しらかば)学園高校に進学しました。

どんな高校なのでしょう。

 白樺学園高校は北海道河西郡芽室町にあり、普通科に加え体育コースがある男女共学の私立高校です。

 この体育コースからは多数のオリンピック選手を輩出しており、スポーツ分野では国内で存在感があるようですね。

 中でもスピードスケートは全国屈指の強豪校であり、実に卒業生の22人が冬季オリンピックに出場しています。

郷 亜里砂の高校時代のエピソード

 同校はスポーツ活動を積極的に支援する環境でしたが、郷亜里砂選手はスピードスケーターとしての実績が奮いませんでした。

それでも高校3年生の時に出場した全国高校総合体育大会で、女子500mで4位になります。

 郷亜里砂選手は、高校卒業後は専門学校に通って次の道を探そうと思ってた中、「逃げるのか」「もう少し頑張ってみないか」とお父さんから熱心に言われたことで奮起し、山梨学院大学に進学するんですね。

郷 亜里沙の出身大学

郷亜里砂選手は山梨学院大学の現代ビジネス学部に進学しました。

 本大学では「強化育成クラブ」と位置付けた9つの体育会系クラブがあり、「大学日本一」の目標を掲げ、優秀な選手育成に力を入れています。 

 国際大会にも多くの選手・役員を派遣し、夏冬のオリンピックへでは多くの学生が日本代表選手に選ばれています。

郷 亜里砂の大学時代のエピソード

郷亜里砂選手は大学でスケート部に入部し、その後の人生に影響を与える川上隆史監督に出会います。

 大学時代の郷亜里沙さん、あどけない笑顔が素敵ですね。

 当時同大学で一般教育部准教授だった川上監督は、日本スケート連盟スピード委員評議員、全国大学スケート研究会常任理事など数々の関連団体で要職を務め、スピードスケートの発展に尽力されています。

 郷亜里砂選手は川上隆史監督からの「諦めなければ絶対いいことがある」との名言を信じ、改めてスピードスケーターとしての人生を歩み始めます。

 大学時代に川上監督の下でスピードスケートとショートトラックの両立に取り組み、安定したカーブ技術を身に付けました。

 そして在学中の2009年に開催された第29回全日本学生スピードスケート・スプリント選手権で、女子500mと1000mでついに優勝を果たし、大学トップクラスの選手に躍り出ます。

郷 亜里沙選手が社会人に入り

 あまり知られていないのですが、郷亜里砂選手は大学卒業後に実はスケートから離れ、家電量販店に就職する予定だったのです。

 しかし大学4年生の時に川上監督より紹介された、山口県体育協会で競技強化を担当していた河村金満さんと出会い、その後の人生に大きな影響を与えることになります。

 河村さんは就職直前の郷亜里砂選手の元に何度も通い、遠征費や用具費の支援を伝え、県の国体強化選手として現役続行を心より訴え続けました。

 この熱意に打たれた郷亜里砂選手は、拠点を山梨県から山口県に移し、2010年4月から2年間、県の強化選手としてスピードスケートを続投しました。

 郷亜里砂選手は、夏場に山口県内でトレーニングし、冬場は北海道や長野での遠征に出向く、このようなサイクルで徐々に実力を付けて行きます。

 その後北海道帯広市内の会社の支援でさらに競技を続けて実力を磨き、2011年に国体に出場し、女子1000m3位、2012年の国体では500mで2位の成績を残しました!

 その勢いでソチ五輪を目指して競技を続けますが、2013年の代表選考会では女子500mで5位にとどまり、残念ながらオリンピック出場は果たせませんでした。

 これは無念だったでしょうね。お察しいたします。

 26歳時点でソチ五輪への出場が果たせず、郷亜里砂選手も引退を考えたそうです。

 よく分かります。大部分の人がそう思い、引退することでしょう。

 しかし郷亜里砂選手はここでも引退はせず、なんと2014年からは愛媛県でスポーツ専門員として競技を続け、日本スケート連盟がつくるナショナルチームの一員になりました。

 ちっともスケートが盛んではない温暖な気候の愛媛県に移住し、競技を続ける精神力やモチベーションは、素晴らしいですね。

 そして2018年、当時30歳の郷亜里砂選手はついに平昌ピョンチャン 冬季五輪への出場を果たし、女子500mと1000mの2種目に出場しました。

残念ながらメダルには届きませんでしたが、女子500mでは8位入賞となりました。

 「目標にしてたメダルは手に届かなかったんですけど…」と話し始めると涙が止まらず、その悔しさがにじみ出ていました。

 2018年3月23日に愛媛県松山市で平昌五輪の報告会が開かれ、郷亜里砂選手はその場で「4年間、全力を尽くした」として、現役引退を表明しました。

 引退後大学時代の恩師の川上さんより、愛媛県のショートトラックのジュニア担当コーチの指名を受け、愛媛県の子供たちにスピードスケートの技術を教えました。

 このまま後進の育成の道に進むと思いきや、郷亜里砂選手は子供たちを指導する傍ら、スケートへの気力がよみがえり、自身もリンクで滑り出すようになったのです。

驚くことに、引退宣言からわずか1年後の2019年3月に現役復帰を宣言します。

 2020年11月13日、郷亜里砂選手は北海道で開催された全日本選抜競技会に出場し、平昌五輪金メダルリストの小平奈緒選手を0秒02差で破り優勝を果たします。

 1度は引退して指導者となりながら、現役復帰して国内の五輪選考大会で優勝するとは・・・、こんなことってあるんですね。

 2020年当時32歳にして北京五輪出場を決めた郷亜里砂選手は、2022年2月4日、日本選手団の旗手として開会式に臨み、笑顔で手を振りました。

まとめ

本記事では「郷 亜里砂の出身中学・高校はどこ?学歴・経歴を徹底調査」をお伝えしましたが、いかがでしたか?

郷亜里砂選手は、北海道から始まり山梨県、山口県、愛媛県と拠点を移しながら夢を追い求め、多難を乗り越えてきました。

最後まで諦めずに挑戦し続けた郷亜里砂選手を、2022年2月に開幕した北京五輪での活躍を期待し、これからもずっと応援していきたいです!

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